今という時代は、生活の中心にインターネットというやつが鎮座していて、
どんなことでも、やつにお願いしたら、情報や物を即座に届けてくれる。
私たちはこの超スピードに慣れすぎて、
自分で何かをする時や、何かを考える時に、
全速力でゴールにたどり着こうとするようになってしまった。
無意識のうちに全速力で走っている。

明日までに結論づけようとか、結果を出そうとか、
自分にオーバーペースを課す。

本当はゆっくり歩きたいのに、
隣の人が自分より少し速く歩くので、そのペースに付いて行く。
すると、隣がまた少しペースを上げる。
負けじと自分も上げる。
いつの間にか走っている。
最後には全速力。

こんなことが日本全体で起こっている。

現代の平凡なサラリーマンは、
100年前のエリートの何百、何千倍のスピードと量で仕事をしている。

今の一般人の知識量に比べれば、
平安時代、トップクラスの知識人だったであろう
清少納言や紫式部の知識量なんて米粒みたいなもんだ。

情報伝達を人の脚に頼っていた時代からしたら、
0秒で手紙が届くなんて神の所業だろう。

技術の進歩は素晴らしいことだし、
否定するつもりはないけど、
この超スピードは、生物人間としての標準仕様ではないということを忘れちゃいけない。

昔の人は、冬に夏野菜が食べたいと思ったら、
半年間待っていたわけだ。
この例えは極端だけど・・・

例えば、欲しい本があったら、当然のように本屋に行く。
町の本屋の在庫量なんてたかがしれていて、
そこに目当ての本がなければ注文する。
1週間、10日、時に1ヶ月。
取り寄せにかかる時間、楽しみに待っている。
ほんの25年前まではこれが普通だった。

今は、ネットで、在庫切れはほとんどない。
昨日注文した本が、今日届かないだけでイライラする。
く・る・っ・て・る・・・

超スピードに対する慣れが、
生物としての人間の感覚をゆがめる。

コツコツと、地道に、焦らずにやったほうが良いことも
たくさんあるのに。

こんなことを考えたきっかけは
トライアスロンの初心者で
常に全速力の人がいたからだ。
20台の若者だ。
(この場合、いろんな意味での全速力)
何を目指すのか、どこを目指すのか、
ネットで得た情報量や知識は豊富だ。
「ピラミッドを作るように基礎から段階的に作っていく」
ということを知っていて、自分で言っている反面、
基礎作りをめちゃめちゃ(物理的、時間的に)ハイペースでやろうとしていた。
例えば、「しばらくの期間は基礎練習」と言った時の、
「しばらの期間」の認識がとても短い。
私たちより上の世代と、ネット世代の感覚のズレを考えさせられた。

『作物の種を撒いて、実がなるまで「しばらく」かかる。』
数ヶ月とか。

『ネットで注文したが、商品が届くまでは「しばらく」かかるようだ』
1週間とか。

どちらも「しばらく」ではあるのだが・・

状況状況での「しばらく」に対する感覚のズレ。
なんだろうなぁ。

トライアスロンは、
全速力に慣れすぎると、好きな気持ちがどこか飛んで行っちゃうよ。

今日もお越しいただきありがとうございます。
ネットの超スピードに翻弄されているのが宅配業者だなー。
人の脚がなせる最速の仕事をしているのにね。
 

今回は以上です!

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