私は見城徹さんという人を最近知りました。
幻冬舎の社長さんらしいですね。
知ったきっかけは、彼のあるツイートがバズって(炎上?)話題となったからです。

話題のツイートはこれ

「圧倒的努力は報われる。報われないのは圧倒的努力をしていないから」

ということです。
そして、このツイートの数日後、


こんなツイートが、反響に拍車をかけました。

今回は、このツイートをきっかけに、私が感じた事を書いてみます。

物事に正解など、ない

まず最初に断っておきますが、
私は見城さんを擁護するでも、アンチでもありません。
見城さんがどういう考えであろうと、個人の自由です。
そして、物事には正解なんてありません。
その人が信念を持ってやれば、それはその人にとって正解なのです。
ただ、他人には正解ではない可能性もある、というだけ。

これが、私の考えの全てですが、
ブログの記事にするにはあまりに味気ないので、
もう少し掘り下げて考えてみました。

努力って何だ?

努力といっても、仕事に対する努力、恋愛に対する努力、など、
いろいろあると思いますが、
アスリートが書くブログなので、
少しはスポーツに絡めて考えていきたいと思います。

最初に、私が思ったことは、
「努力って何だ?」ということです。
この問いに対し、見城さんは
●人が寝てる時に寝ない
●人が休んでる時に休まない
●膨大なことを最後までやりきる
●人があきらめる事をやる
●結果が出なければ努力ではない

と言っています。
皆さん、いろいろ思うところはあると思いますが、
これは、見城さんにとっての正解です。
見城さんにとっての努力はこれで、
自分の考えをツイートしただけです。

正直、私個人としては賛同しかねる意見です。
「学習」で言えば、睡眠を取ったほうが記憶の定着が良いという
研究結果があることも知っています。
(Jenkins & Dallenbach, 1924)
「学習」というのは、心理学的には運動スキルなども含まれます。
長時間ぶっ続けの集中練習よりも、
分散練習のほうが上達が早いことが明らかになっています。
(Kimble & Shatel, 1952)
また、内発的動機づけによるか、外発的動機づけによるかも、
達成度に大きく影響を与えるでしょう。

しかし、科学的な見地はどうであれ、
見城さんは、自分にとっての努力の定義をツイートしただけです。
もしも
「人が寝てる時に仕事をしないお前らはダメ人間、文句言わずやれ」
というような、持論を人に押しつけるようなツイートをしたなら、
「エビデンスを出せ!」
といったような反論が出てもおかしくないでしょう。
他人に強要していないならば、それは、個人の意見としてスルーして良いことです。

これにムカッと来て、見城さんを叩くようなコメントを打ったとしたら、
それは、その人が頭の中で、
自己解釈の罠にはまってしまったからでしょう。
●自分の頑張りが足りないと言われた(という自己解釈)。
●長時間労働を強要されている(という自己解釈)。
つまり、自分の事を言われていると解釈してしまうのです。

このような、自己解釈の罠にはまってはいけません。
「努力の形は人それぞれ」というのが当たり前です。
自分が悪く言われているように受け取ると、イライラするだけです。
科学的なエビデンスがない、個人の主観による意見など
スルーしておけば良いことです。

トライアスロンで言えば、
レースで速い選手が、毎日100kmのバイク練習をしているとして、
並の成績の選手に、
「努力が足りんからや!」
と言ったとします。
言われた人は、「努力=距離」だと思い込み(自己解釈)、
がむしゃらに距離を踏んでも、成果に結びつかないということは
往々にしてあることです。
練習距離を伸ばすことが努力なんだ、という変なバイアスをかけることで
ほかの選択肢が思い浮かばなくなります。
トライアスロン上達のための方法はたくさんあります。
距離だけに固執したら、思考停止です。
自分に合った、自分なりの練習方法、模索すること、
それこそが努力でしょう。

報われるって、何だ?

努力の定義が人それぞれなことと同じように、
「報われる」ということの定義も人それぞれです。
件のツイートに対するコメントにも
「じゃあ、努力したら100mを10秒で走れるのか」
「努力したら世界平和は達成されるのか」
というようなものがありましたが、
それは揚げ足取りです。
つまり、例えば、スポーツにおいて、
オリンピックで金メダル取ることが「報われる」ことで
それ以外の選手たちは「報われない」のでしょうか。
そうであれば、どんな分野でも、世界一になった、たった1人が
「報われる」ということになります。
違いますよね。
世界一になっても「報われない」と感じる人もいるかもしれません。
逆に一歩ずつ前に進んでる事を実感することや、
日常生活の些細なことでも
「報われた」と感じる人がいるでしょう。

高校野球で甲子園出場を成し遂げ、
「努力が報われた」と感じる選手がいれば、
メジャーリーガーになっても満足できない選手もいるでしょう。
イチロー選手は実際に世界一になりましたが、
さらに上を見ています。
ナンバーワンになっても、先を見る。
イチロー選手自身は「俺の努力は報われた」などとは
考えていないかもしれません。
 
イチロー選手がどうこうというのではなく、
前ばかり向いていたら「報われた感」を感じにくいかもしれません。
ふと後ろを振り向いて、今まで歩いてきた人生を見たら
家族がいて、友達がいて、楽しめる趣味がある。
それって、今までしてきた努力が報われてるって考えることもできます。

努力なんて、みんなしてる

言うまでもないかもしれませんが、
「努力なんて皆がしている」のです。
努力しなかったら生活できないじゃないですか。
世の中、皆が努力している、当たり前なんです。

そして、努力の定義、報われることの定義、は人それぞれ。
自分の定規で人の努力感を測ってはいけないということです。

見城徹さんのツイートは、
私の考えにはマッチしないものですが、
努力について改めて考えさせてくれたことに関しては、
良かったと思ってます。

まぁ、ちょっと、ツイートが上からっぽい雰囲気を出してるところと、
それをスルーできずに、過敏に反応してしまう人がいるってことで、
ギスギスしているんでしょう。
この炎上商法的なやり方も見城さんの「圧倒的努力」の一環なんだと思えば
冷静に見られるかもしれませんね。
 

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今回は以上です!
はちゃの!

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